症例レポートの書き方~統合と解釈②~

 今回は、統合と解釈の具体例を示したいと思います。
 私が担当した学生の症例レポートを参考にまとめています。数名の学生のレポートをまとめているので、整合性が合わない部分があるかもしれませんが、参考程度にみてください。


 本症例は、右内包~放線冠のアテローム血栓性脳梗塞により右片麻痺を呈した60代男性である。放線冠は錐体路が下降するだけでなく、皮質網様体路も下降している1)。そのため、随意性の障害とあわせて、四肢近位筋や体幹筋をコントロールしている姿勢筋緊張の障害が生じる可能性が考えられた。本症例の運動機能はBr.stage上肢Ⅴ、手指Ⅴ、下肢Ⅴであり麻痺の程度は比較的軽度であったが、左股関節周囲や体幹筋の姿勢筋緊張の低下が認められた。移動能力はFACFunctional Ambulation Categories2であり、病棟内は、短距離は看護師の介助歩行で、長距離は車椅子介助にて移動していた。症例は、病前よりジョギングを行うなど活動的であり、ジョギングが難しくても一人で歩けることや外出ができることを望まれていた。そのため、ニードを屋外歩行自立に設定し、歩行を中心とした統合と解釈を行う。
 歩行は①下肢の支持性②ステップ動作③バランス能力の要素からなる。症例は、麻痺側立脚期に骨盤の外後方への偏位を認め、外側への不安定さがみてとれた。また、麻痺側遊脚時には、ぶん廻しや骨盤の挙上の代償動作が認められた。そのため、ステップ動作やバランス能力の低下が歩行能力の低下に関与していると思われた。正常歩行において、立脚初期から中期における内腹斜筋の活動の増大が骨盤の安定に寄与すると言われている2)。また、座位バランス能力と歩行能力との間には相関があることが示されており、側方へのリーチ範囲が大きいものは、歩行能力が高いことが報告されている3)。座位の側方リーチ動作では、移動側の股関節外転筋群や反対側の腹斜筋群と腰背筋群が活動するといわれており2)4)、これらの活動が歩行にも関与する可能性が考えられた。さらに、効率的に遊脚を行うためには、腸腰筋や下腿三頭筋の腱の弾性作用が必要であるとされており5)6)、立脚終期に筋を求心位に保ちながら、股関節伸展および足関節背屈位に保つ事ができる姿勢筋緊張が必要と考えられる。
 本症例の座位での側方リーチ動作において、麻痺側方向へのリーチ動作では、麻痺側股関節が外旋し、骨盤の後傾や体幹の屈曲が強まり、体幹を抗重力伸展位に保つことが困難であった。非麻痺側方向へのリーチ動作は、非麻痺側股関節の内旋が不十分で、骨盤の非麻痺側への移動が不十分であった。また、立ち直りも認められなかった。これらのことから、麻痺側の腹斜筋群や腰背筋群、股関節外転筋群の活動性の低下が考えられた。触診結果でも麻痺側の腹斜筋群や腰背筋群、股関節外転筋群の筋緊張低下を認めており、これらが座位バランス能力の低下の原因と考えられた。また、歩行では、歩行の麻痺側立脚期に股関節の過内転が生じ、骨盤の後退も認めた。麻痺側の立脚中期~終期にかけては、股関節の伸展や下腿の前傾(足関節背屈)は認められなかった。骨盤の不安定さが認められた点や、座位バランスの結果より、麻痺側の腹斜筋群や腰背筋群、股関節外転筋群の筋緊張低下が歩行能力の低下に影響を与えていると考えられた。また、立脚中期~終期に股関節の伸展が得られるためには、立脚初期~中期にかけて身体重心を持ち上げて、位置エネルギーを高める必要があり、身体重心を持ち上げるためには、足部の安定や前脛骨筋の遠心性収縮、股関節伸展筋群の求心性収縮が必要となることが指摘されている7。よって、麻痺側足関節の随意性低下や股関節伸筋群の筋緊張低下も歩行能力低下の要因と考えられた。さらに、麻痺側遊脚時には、ぶん廻しや骨盤の挙上の代償動作が認められた。症例のつま先立ち動作では、麻痺側は足関節を底屈することが困難で、足関節の内反が生じており、下腿三頭筋、特に、腓腹筋内側頭の活動性低下を認めた。足部内在筋である母趾外転筋と短母趾屈筋の機能低下により、第13趾領域の荷重量が低下を招くことや、母趾外転筋を主とした足部内在筋の収縮力を強化することで足関節回内外のコントロールの改善が得られたと報告されており8)9)、足趾の随意性低下もつま先立ちが困難となった要因と考えられた。これらの要因により、立脚終期に足関節背屈位を保持することが困難となり、腱の弾性作用が発揮されなかったため、ぶん廻しや骨盤の挙上の代償動作が生じたと考えられた。

 よって、本症例の歩行能力低下の要因は、①麻痺側の腹斜筋群の筋緊張低下②麻痺側腰背筋群の筋緊張低下③麻痺側股関節外転筋群の筋緊張低下④麻痺側股関節伸筋群の筋緊張低下⑤麻痺側足関節の随意性低下⑥麻痺側足趾の随意性低下であると考えた。


参考文献


1.   Yeo SS, Chang MC, Kwon YH, Jung YJ, Jang SH. Corticoreticular pathway in the human brain: diffusion tensor tractography study.Neurosci Lett.5089-122012


2.   鈴木俊明・他:The center of the Body‐体幹機能の謎を探る‐.アイペック,2013


3.   三ツ川拓治・他:座位側方リーチテストと歩行能力、日常生活動作との関係.第45回日本理学療法学術大会.


4.   池田幸司・他:端座位での側方体重移動時における移動側中殿筋・大腿筋膜張筋・大殿筋上部線維の筋電図積分値.理学療法科学294214242014

5.   末永宏康 他:腱の弾性要素を考慮した消費エネルギー最小規範に基づくヒトの遊脚運動の考察.電子通信学会108123-1282009

6.   川上泰雄 他:ウォーキングにおけるバネの役割.バイオメカニクス研究1052-572006

7.   石井慎一郎:動作分析臨床活用講座‐バイオメカニクスに基づく臨床推論の実際‐.メディカルビュー,2013

8.   岡村和典・他:足部内在筋は歩行中の足関節モーメントを変化させる機能を有する.ヘルスプロモーション理学療法研究6177-1822017

9.   岡村和典・他:母趾外転筋と短母趾屈筋の疲労が歩行時の足底圧分布に及ぼす影響.臨床バイオメカニクス37135-1412016
 

 麻痺側しか着目できていない点や荒削りな部分はあると思いますが、まずまずまとまった統合と解釈だと思います。

本日はここまで。

次回は考察について示したいと思います。

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